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一般に、65歳を過ぎると食欲低下、食事量の低下がみられ、75歳ごろから体重が減少し、高齢者に特徴的なフレイル・サルコペニアのリスクが高まります。さらに80歳を超えると低栄養が出現し、生活機能やQOLの低下を招き、最終的には施設入所、入院、死亡などの重篤なアウトカムがおこります。
特に透析患者さんは、栄養障害に陥りやすく、フレイル・サルコペニア状態になりやすい事が知られています。

透析患者のフレイル・サルコペニア合併率は一般人口より3~4倍高いことが知られています。
フレイルは、予め基準を決めた「体重減少」、「握力低下」、「疲労感」、「歩行速度低下」、「活動量低下」の5項目のうち3項目以上に当てはまる場合にフレイルと診断いたします。
プレフレイルは1~2項目が当てはまる患者さんが該当しますが、血液透析患者のフレイル合併率を調査しますと、フレイルは全体の21.4%、予備軍のプレフレイルは53.6%で合併しており、診断項目では疲労感、歩行速度の低下、活動量低下などが高率に見られます。
現在、透析患者のサルコペニア・フレイルを予防するために、十分なエネルギーとたんぱく質の摂取が勧められています。

非高齢の血液透析患者に間接熱量を用いまして、一日のエネルギー必要量を3か月に渡って観察した海外の報告があります。骨格筋や脂肪量を維持するためのエネルギー必要量をそれぞれの人でDXA法にて調べています。

当然の事ながら、体重が増えるに従いエネルギー必要量は増えてまいりますが、平均で見ると男性が約2300kcal、女性が約1850kcalという事になります。これを体重1kg換算にしますと、1日当たり平均31kcalが必要でした。ですが、十分なエネルギーが摂取できていないのが現状です。

たんぱく質摂取量については、サルコペニアの発症予防のためには1日当たり体重換算で1.0~1.2g、すでにサルコペニアを合併している場合は1.2~1.5gが推奨されています。

しかしながら、高齢者が多い透析患者では、加齢とともに筋肉での蛋白合成能が低下する「蛋白同化抵抗性」を示す事があるので注意が必要です。

透析患者では、日本透析医学会制定の「慢性透析患者の食事療法基準2014年版」より、1日あたり標準体重換算で0.9~1.2gのたんぱく質摂取量が推奨されています。これは、蛋白摂取量と全死亡に対するハザード比およびリン摂取量増加を回避する事から、設定されました。

これまでの報告をレビューすると、透析患者のエネルギー摂取量の遵守率は平均で23.1%、たんぱく質は45.5%、脂質は41.4%のみであり、多くの患者が目標摂取量を摂取できていません。そのため、微量元素である亜鉛も十分に摂取されていないことが予想されます。

亜鉛の体内および組織内分布を示したスライドです。体重70kgの健常成人の体内に含まれる亜鉛は1.5~3gです。亜鉛は筋肉に60%、骨に20~30%。皮膚・毛髪に8%存在します。内臓では、肝臓に4~6%、消化管・すい臓に2.8%、脾臓に1.6%存在します。一方で、血液中は1%未満です。

血液透析患者は、血漿亜鉛濃度が低く、血漿銅濃度が高く、酸化ストレス、炎症、および免疫異常を認めます。こちらのグラフは、血液透析患者における異常な血漿Cu/Zn比および臨床転帰に対する亜鉛補給の効果を評価した報告です。8週間にわたってグルコン酸亜鉛1日78㎎(亜鉛としては1日11mg)を投与された患者は、投与前に比べ有意な減少を示したのに対し、亜鉛を投与されなかった患者は、両者ともほぼ不変で有意な変化を示していません。

血液透析患者518名の透析前亜鉛濃度を調べた報告によりますと、44.4%に潜在性亜鉛欠乏、51%に低亜鉛血症を認め、基準値内は4.6%のみでした。

血液透析患者111例において、血清アルブミン値のカットオフ値を3.9g/dL、血清亜鉛のカットオフ値を中央値の72.2µg/dLに設定し、2年間にわたり死亡もしくは中止まで追跡した試験です。血清アルブミンおよび亜鉛とも、カットオフ値より低値の群では生命予後が不良であり、両者とも低値の群で最も予後が不良でした。

透析患者での検討結果ではありませんが、英国の総合病院における65歳以上の高齢入院患者432例を対象とした検討では、サルコペニア患者の血清亜鉛は57.1µg/dLであり、非サルコペニア患者と比べて有意に低値でした。

こちらも透析患者での検討結果ではありませんが、亜鉛欠乏が認知機能や抑うつに関連することが示されています。今後、75歳以上の新規血液透析患者数が増えると考えられていますので、興味深い報告です。ポーランドのナーシングホーム入居中の高齢者を対象に、血中亜鉛濃度とメンタルヘルスを比較した検討です。
簡単な10項目の質問で認知機能を評価すると、10点満点で8点以下の記憶障害のある高齢者では血中亜鉛が有意に低下していました。同様に、老年期うつ病評価尺度で抑うつ症状を評価すると、6点以上で「うつ」が示唆されますが、点数が上がるほど血清亜鉛が低い関連性も示されています。

次に亜鉛を薬で補充するとどうなるかを検討した結果をご紹介致します。
15篇の海外でのランダム化比較試験をメタ解析した報告によると、亜鉛として1日約45~100㎎を6か月以上補充した患者群では、重みづけ平均でたんぱく質摂取量が1日8g増えていました。その他は研究間に大きな異質性はありますが、重みづけの平均でみると各項目とも有意に改善していました。

これまで報告されている血液透析患者の低亜鉛血症と栄養指標との関連をスライドに示しました。
低亜鉛血症があると塩味の味覚鈍麻をきたし、食塩摂取量が増えて透析間の体重が増えます。さらに、甘味などの味覚異常や脂肪細胞からのレプチン産生増加により、食欲が低下する可能性があります。低亜鉛血症患者では、蛋白同化作用のあるテストステロンやインスリン様成長因子の血中濃度が低く、骨格筋量の減少に関与する可能性があります。

なお、食事で亜鉛を補えない場合に、低亜鉛血症治療薬である酢酸亜鉛水和物製剤を用いますが、本剤により銅の吸収が阻害され、銅欠乏症を起こすおそれがあります。特に栄養状態不良の患者様で、銅欠乏に伴う汎血球減少や貧血を起こすおそれがありますので、異常が認められた場合には適切な処置をお願い致します。

最後にTake Home Messageです。
透析患者ではサルコペニア・フレイルが重大な合併症となっています。
骨格筋量を維持するためには、1日当たり理想体重で換算すると、エネルギー30kcal以上、たんぱく質は0.9~1.2 gが必要です。
透析患者では食事摂取量が少ないため、高率に低亜鉛血症を認めます。
低亜鉛血症は透析患者のサルコペニア・フレイルの発症・進展に関与する可能性があり、食事の工夫に加え、薬剤による補充を検討する必要があります。
